考察

人面犬考 ~人面犬の出自について~

 現在絶賛準備中の人面犬張り子作りワークショップですが、そのテーマとなっている人面犬とは、一体どういう存在なのでしょうか。それについて、今回は少ないながらも手元にある本をもとに考察していきたいと思います。

人面犬について

 まずは人面犬がどういうモノなのかについて、調べていこう。

 ここでは朝里樹先生の『日本現代怪異事典』の「人面犬の頁(p.208)」を引く。長いが、人面犬について詳しく述べられているので全文引用させていただこう。

 

 文字通り人間の顔をした犬という姿をしている怪異。ゴミを漁っていて人間に注意されると、振りむいて「ほっといてくれよ」「うるせえんだよ」といった言葉を投げかけるという都市伝説や、異様な脚力を持ち、高速道路を走る車を追い抜かしていく、人面犬に追い抜かされた車は必ず事故を起こすといった都市伝説が語られている。

 1988年から89年にかけてブームになった怪異。その脚力故か、ものすごいジャンプ力を持っているとされることも多い。他にも不思議な世界を考える会編『怪異百物語1』には、超能力で人間を苦しめ、原因不明の病気にする、見ただけでトラブルがある、口から火を吹くなどの特徴も語られており、学校の怪談編集委員会編『学校の怪談4』では見られただけで犬にされてしまうという特殊能力が見られる。また並木伸一郎著『最強の都市伝説』には、緑色の糞をする、噛まれた部分が腐敗し、切断しなければならなくなるほどの話が載る。

 その出生譚として有名なものには筑波大学における遺伝子操作によって犬と人間が混じり合った生物が生まれた、というものがある。また常光徹著『学校の怪談』には、野良犬に噛まれた女性が次第に人の頭を持った犬になったという出生譚や、関東地方には恐ろしいウイルスを持った犬が六匹おり、これに噛まれることで人面犬と化すなど噛まれることによる怪異化という狼男や吸血鬼、ゾンビなどのような変化の仕方が紹介されている。前述した『最強の都市伝説』ではペットショップで中絶された犬の水子の霊、暴走族に飼い犬もろともひき殺された人の霊が正体であるという説が紹介されている。

 他には常光徹他編著『ピアスの白い糸』に、女性が野良犬に噛まれて死亡する事件が起きた数週間後、彼女の顔をした人面犬が現れたという話が千葉県の大学生からの報告として記されている。また同書によれば人面犬がメディアの力により爆発的に広まったのは1989年から1990年であったが、その数年前から人面犬の噂は囁かれており、「人犬」という呼称で呼ばれていた例もあるという。またおもしろいものでは、おもしろ情報ネットワーク編『世間にはびこるウワサの大検証』において、口裂け女の飼い犬だったという説が紹介されている。

朝里樹『日本現代怪異事典』より

 有名どころであるのは、「ゴミを漁っていて人間に注意されると、振りむいて『ほっといてくれよ』『うるせえんだよ』といった言葉を投げかける」というところであろうか。他にも「異様な脚力を持ち、高速道路を走る車を追い抜かしていく」などは聞き覚えがあるだろう。

 普段、我々は「怪異」という言葉で人面犬のことをくくっているが、人面犬から怖いイメージを抱くことは少ない。基本的には無害で、「人の顔をした犬」というのは、怪談というよりも少し不気味なウワサとして広まっていったと考えられる。

人面犬はどこから

人面犬の仕掛け人

 都市伝説、現代怪異のカテゴリーに含まれている人面犬は興味深いことに、ブームを広めた仕掛人がいると明言されているという。それも、裏のとれる資料や証言がはっきりと残されている。

 その一人が、ライターの石丸元章だ。石丸は編集者の赤田祐一とともに人面犬を「単なる“コドモのウワサ”から“コドモ社会の出来事”にデッチあげる」という実験をしたのだという。二人は1989年9月20日放送のフジTV『パラダイスGoGo!!』にて人面犬のウワサを紹介し、全国的に広めた。

 また、人面犬の仕掛人はもう一人いる。それが、放送作家のYAS5000(やすごせん)である。彼は当時、噂話がいかにして伝播するかの社会調査を行っていた。そこで行われた手法が。「人間の顔をした犬が研究所から逃げてしまったんだけど、見なかったか?」と聞いてまわるというものである。もしかすると、ここから筑波大学の研究所と人面犬が結びついたのかもしれない。

 注意しておきたいのが、彼ら仕掛け人はあくまで人面犬を大流行させたのであり、決して彼らが生み出したものではない

 人面犬は「口裂け女」などの他の都市伝説と差別される。純粋な人のウワサによって広まったというよりも、人為的に広められたといえる。その意味で言えば、メディアなどの影響をおおいに受けた、きわめて現代的な、実験キャラクターのようである。

人面犬の出自

 しかし、人面犬がただのメディアによる実験キャラクターにすぎないとは言えない。

 人面犬が最初にメディアに取り上げられた最初の報告は『微笑』(1982年7月19日号)「私は見た!恐ろしい“人面の犬”」といわれる。房総・湘南・伊豆・日本平などで、関東のサーファーたちが人面の犬に遭遇しているとの情報が紹介されている。

 車がカーブを曲がると、突如として犬の後ろ姿が現れた。道路のセンターラインのところに“おすわり”をしていたのだった。

 車が犬のわきをすりぬけようとした瞬間、後部座席から「エ⁉ウ、ウワーア!」と悲鳴があがった。

 体はどこでもいる犬だが、顔が人間だったのだ。

 目は細く、切れ長、首をひねって車の中を見上げるようにし、一瞬ニヤリと笑った。

 現場は伊豆・下田。石廊崎に向かう海岸道路、白浜の5~6キロ手前の地点。ことし4月13日午前4時ちょっと前のことだったという。

 まるで、実話怪談のような情報ではないか。

 人面犬に遭遇したという情報は、複数よせられているという。そして、その情報は伊豆半島エリアに集中しているという。

 人面犬は、その元をたどればローカルな怪談であった可能性が高い。それが仕掛け人によって流行にのせられ、全国区の怪談―――いや、都市伝説となったのではなかろうか。

最後に

 さて、ここまで文献を参考に現段階で分かっている人面犬の情報をまとめてきた。それらから、人面犬そのものは、おそらく大流行する前から実話怪談として存在していたといえそうである。

 すなわち、人面犬というすでにキャラクター化しているモノではない、怪異としての“人面犬”が、かつては語られていたのである。

 この怪異としての“人面犬”は、たまたま人に似た顔をした犬であったのを見間違われたために生まれた怪談に過ぎないのかもしれない。はたまた、誰かの作り話に過ぎないかもしれない。 

 だが、ここで怪異の正体を探ることは置いておこう。

 特に強調したいことは、怪異が、ブームというかたちをとって、キャラクター化という変貌を遂げたことである。

 ここに、江戸時代の化物のような特徴を見出してみたい。

 江戸時代の化物キャラクターたちは、“一つ目小僧”や“大入道”という名前にみられるように、“一つ目の小僧”であり、“大きい入道”なのである。とにかく普通ではない異形なモノの組み合わせによって生まれた、定番キャラクターである。

 この“化物”キャラクターを生み出す仕掛けを、人面犬は持っているのではないだろうか?

 人面犬は読んで字のごとく、“人面の犬”である。異常な組み合わせである。そして、その異常な組み合わせがうまく人心をつかみ、キャラクターとして受け入れられ流行を起こした。だからこそ、人面犬は、ただの異常動物ではない、いわば都市伝説キャラクターとなりえたのではないだろうか

 さて、あくまでこれらの議論は考察に過ぎない。だから、結論を出すこともしない。

 このようにちょっとひねった角度から人面犬を見てみると、面白いものである。

参考文献

朝里樹『日本怪異事典』

吉田悠軌『現代怪談考察』

京極夏彦『妖怪の理 妖怪の檻』

 

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